<宮本太郎×勝間和代>対談 終身雇用制度(その1)
終身雇用制度の行き詰まり等に基づく日本経済の停滞と、それへの対応策としての地域コミュニティーの活性化や社会制度の変革などについて述べられていて、なかなか読み応えがあります。
ただ、途中から飛躍と言うか、「本当かいな」と思うところが多くて、すんなりとは読めないのが個人的には難点です。
対談には、主張の根拠となるデータや出典がでてこないのが面倒ですな。
さて、最近「住民自治」という言葉をよく耳にします(公務員だから?普通の人はそうでもない?)。
地方分権の文脈で、「地方のことはできるだけその地方の人たちでやりましょう」という主張がなされるためによく使われる言葉です。
上記の対談の中でも、働き方のスタイルとして、これまでの終身雇用と低賃金の非正規雇用という枠組みではなく、地域コミュニティーの活性化のような、低賃金だけど充実感の得られるスタイルが活路になっていくのでは、という話が出ています。
こちらも、住民参加の一つの形ではあるでしょう。
スイスなんかを対象にした研究で、政治への住民参画度が高いほど、住民の幸福感が高いというデータもあるようです。
確かに、生活の中で「自分のやっていることが地域生活の向上に寄与している」という実感、効力感を得られることは、主観的にはいいだろうな、と経験的に思います。
幸福と経済:経済や制度がどのように主観的幸福感に影響するか
ただ、「住民自治」という言葉を見る度に疑問に思うことがあります。
●「住民自治」で住民がやるべきとされていることの範囲はどのようなものか
●上記の範囲をふまえて、「住民自治」には、参加者一人あたりどれくらい費用(人、物、金、時間)が必要なのか
●上記の費用をふまえて、その地域の中で、「住民自治」に参加できる人はどのくらいいるのか
●上記の「住民自治」に参加できる人の中で、参加したいと思う人はどのくらいいるのか
●上記の参加したいと思う人たちによって可能になる「住民自治」の範囲はどのようなものか
という感じです。
印象論になりますが、仕事や子育て等の生活で精一杯、という方は現在多いのではと思います。生活のために稼ぎたいし、休みがあったとしたらまず自分や家庭のために使いたい、という人は多いのではないでしょうか。
また、「住民自治」には、住民が自分たちの望む公共サービスを自分たちで成立させる、という要素があると思いますが、そういった公共サービスへのニーズが高い方(障がいのある方や生活困窮者など)は、「住民自治」参加へのハードルが高いのでは、と思います。結果として、「住民自治」による公共サービスは、そういった方々のニーズが反映されにくい形になってしまうのでは、と思います。
このあたりをふまえると、特に今のようなご時世では、「住民自治」ってかなり限界があるのではないかと考えるのです。生活に余裕がある人だけ関わる、ノブレス・オブリージュ(貴族の義務)のような形になってしまうのではないでしょうか。
公務員ばっかり関わるとか。
また、「地域コミュニティーの活性化のような、低賃金だけど充実感の得られるスタイル」というのも、低賃金がどれくらいか、充実感がどれくらいか、それらを受け入れた上でやりたがる人がどのくらいいるのか、地域含め日本全体ではどの程度生産性あるいは充実感が上がるのか、というところを押さえた上で主張されるべきではないかと思います。
いや実際、社会的起業ってもうからないと思うので。
政府の雇用創出政策として、NPO等の創業者育成をするらしいけど、方向性としておかしいんじゃないかと思ってます。
社会的起業にどの程度ニーズがあるのか、創業者が創出されたとして、どの程度やっていけるのか、不透明な部分が大きすぎます。
地元でも地域のリーダー塾養成をやっていたけど、ペイできたのかな。事業仕分けの対象になったらやばいんじゃないだろうか。
K's Note(最近引用が多いけど)
政府、雇用創出へ社会起業家育成 介護など、予算50億〜100億円
もうかるもうからない、ではなく、個人の幸福感を重視すべきだ、という考え方もあります。
サルコジ大統領のGDP算出に幸福度加味をといった主張や、ブータンの国民総幸福度などはその一例かなと思います。
(この間の個人的な勉強会では、GDPと幸福感に関する発表をしたりもしました。)
ただ、この考えも、危うさの残る考え方だと思うのです。
もうかるもうからないといった金銭的な面は、客観的に一元的に測定できますが(主観的な評価は別として)、幸福感はどう測るべきなのか、何によってもたらされるのか、一元的に決まらないからです。
その結果、幸福感の向上を目的とする、といった場合に、何をすればいいのか分からないのです。
「住民参画」は幸福感の向上の方法の一つかもしれませんが、上記に書いたことから、少なくとも日本においては効果は怪しいのではと思います。
似たような形として、企業経営においても、日本では「株主利益よりも、顧客や従業員も含めたステークホルダーの利益を」という考えが、価値あるものとして捉えられたりしますが、これも企業活動の優先順位が明確でなくなるあやふやな考え方だと思います。
企業は株主利益のために利益を追求することが、顧客や従業員の満足度につながり、最も社会的厚生を創出することが出来ると思います。
大切なのは、優先順位です。
人が暮らしていくためには何をまず大事にすべきか。
心理学では、マズローの欲求5段階説というのがあって、食欲等の生理的欲求や認められたいという欲求といった様々な欲求の最上位に「自己実現」欲求、すなわち「自分の望むものになりたい」という欲求があると言われています。この欲求が満たされることで、人は幸福感を得られると言われています。
残念ながら現在、この5段階モデルの妥当性は否定され、生活面の欲求と自己実現欲求は並列的である、と言われているようです。(ちょっと引用元忘れました・・)
生活面の欲求と自己実現欲求が並列的ならば、社会の向上のためには両方を満たしていく必要がある。
ただ、自己実現については、個々人によって違いがあり、社会としてそれを達成させるために何をしていくべきかは明確ではありません。
それよりも生活面の欲求、すなわち衣食住を何とかする、ということが現状では大前提になるのではないでしょうか。
そのために、もうかるもうからないは大事になってくるのだと思います。
その後で、「住民自治」のことは考えたほうがいいんじゃないかな。
【日記の最新記事】


